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「なぜ無責任な建築と都市をつくる社会が続くのか」という本を読んだ。著者の中崎隆司氏は生活環境プロデューサー・建築ジャーナリストということである。生活環境プロデューサーっていう仕事をよくは知らないが、プロダクトからまちづくりまでの調査・企画・設計をすることだそうだ。モノ・カネ・ヒトをつなげる情報産業といったところなのだろう。
著者は商品開発から町おこしまで様々な企画に携わってきた経験があるようで、語られる内容の一つ一つはとても具体的である。それゆえに、問題点の指摘にも説得力がある。例えば、昨今の狭小住宅ブームについてはこのように苦言を呈している。 狭小住宅にも限度があると思うが、現在の限度のひとつは九坪ということのようだ。九坪とは畳十八枚、約三十平米だ。超ミニ開発が行われているということなのだ。一般的にはミニ開発は建売業者が行うのだが、超ミニ開発には建築課と称している人たちが協力している。むしろメディアを通して狭小住宅の需要を煽っている。狭小住宅は住宅取得の機会を広げるという意見があるが、それは個の欲望だけを優先する考え方だ。狭小住宅は生活環境の悪化につながる密集市街地を新しくつくることになる。 (前掲著 <狭小住宅に建築家の未来はない> p25) 確かに、我々のような設計事務所に住宅を依頼するクライアントの中には、ハウスメーカーが建設できなうような敷地を購入した人も多い。これだけの資金で何とかしてくださいという話である。せめて土地購入前に相談してもらえれば、地域・土地・住宅を総合的に計画できるのにと思うのだが、一般の人はそのようには考えない。まず、環境のいい地域に住みたい!(芦屋、西宮・・・とか)でも、融資金額の総額は決まっているから、広い土地は買えない。さらにアプローチも悪い。でも、ここしかない。で、最後に、こんな生活がしたいから、これこれの部屋を作ってください。お願いします、ってことになる。建築費用は最後に残った分しかないのに、要望は天井知らずに高い。 こんな状況で、待ってましたとばかりに、雑誌に載っているようなイメージのワンルームタイプの住宅を提案すると、クライアントもコロッと納得。何しろ、コストカットのためにチープにならざるをえない空間を、メディアが格好いいといってくれているのだから。 建築家は個人と社会のバランスを考えられる人たちであり、個人の夢や希望を社会の夢や希望として表現できることができる人たちである。ところが、個人の夢や希望が社会の夢や希望につながっていかないことから、建築家本来の役割を演じることができないでいる。日本の社会に建築家に託す夢や希望がなくなっているのだ。だから、建築家の選び方も評価されたブランドを購買するのと同じようになっている。社会が夢や希望を持ち、その実現を託さないと、すぐれた建築家は育ってこないし、美しい国をつくることもできない。(前掲著 <夢を託されなくなった建築> p37) すべての建築家が慧眼の士であるとは言い切れないが、そうあるべきだと日々格闘していることは事実である。しかし個人の権利意識が増大している昨今では、建築において町並みや地域性といった公共精神を語ることは、時代遅れのように考えられているかも知れない。建築家の中にも、思考の表現だけが建築で最重要だと錯覚している者も多い気がする。
著者が問題としているのも、まさにその点である。地域を活性化するためのコンサルタントとしてアイデアを求められながら、なぜ物事がうまく進まないのか? では、デザインコーディネーターに頼ればよいかというとそうではない。よそ者頼みの安易な町おこしは、日本全国で同じような画一的なものになる危険がある。 地域ブランドづくりに大きな予算をかける必要はない。又デザインコーディネーターも必要ない。彼らが連れてくるデザイナーと組んでも成功することはない。地域で生活するデザイナーを育て、ゆるやかな人と人のつながりのなかから無理をしないでもできることをやればいいと思う。そのような機会と場所は無数にある。(前掲著 <銀座ショールームが東京都地方をむすぶ> p155) 大学で建築や都市環境を学んだ学生は、毎年1000人以上社会に出ている。にもかかわらず、建築設計業界はますます自閉的なデザイン論に向かっている。ジャーナリズムの責任も大きいが、日本の公教育が機能していないのが最大の問題である。こういう時代だからこそ、コミュニティー・アーキテクトといわれる、自らの地域に関わりながら住民を支援する建築家が、今後ますます必要になろう。デザインを社会的な文脈で活用するようなフィールドで、我々も働きたいと思っている。建築家と地域活性化についての関係について、中崎氏に同意する部分は多い。ただ、一箇所だけ矛盾を感じるところがあった。それは、注目されている建築家を使えと書いてあるところだ。上記の地域のデザイナーを育てよとの提言と、全く逆じゃなかろうか。 最新のデザインは建築雑誌の取材が期待でき、情報誌、女性誌の取材につながっていく。マスコミを活用することで集客力を高めることができる。(前掲著 <客数を増やすことが観光地の活性化の決め手になる> p175) マスコミを利用するのは大いに結構である。しかし、すでに有名になった建築家のネームヴァリューを使うというのは、公共団体が実績重視で組織事務所を選ぶのと根は同じである。公開コンペを行うなどして、地域に夢をもたらしてくれる案を住民が選べる方法が最善ではなかろうか。当然建築家も、斬新な提案ができる能力をつけなければならないのは言うまでもない。 |
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僕たちは「都市」という言葉をよく使うのだが、その概念を一言では説明できない。社会的・経済的・政治的・美学的・・・様々な観点からのアプローチが可能な「都市」を、あたかも十分に理解しているかのように語り合ってしまう。だが「都市」という同じ言葉を使いながら、互いに同一のイメージを抱いていることなど、ほとんどないと言ってもよいのではないだろうか。
とはいうものの、都市問題は人類全体の主要問題である。 菊竹清訓は1928年生れ。丹下健三が綜合プロデューサーとなった大阪万国博覧会では、エキスポタワーの設計を行う。黒川紀章、川添登らとメタボリズムを提唱し、建築や都市に対して理念的な活動を行ってきた建築家である。したがって、彼が 日本の第一印象は空港で決まる。すなわち空港に未来が欲しい。当然、東京は日本の活力を示すものであってほしいので、東京湾の空域をもっと生かした「新国際空港都市」という発想も検討に値しよう。(菊竹 「正論」) と語るとき、丹下健三の「東京計画1960その構造改革の提案」がだぶってくる。その計画について、丹下は下記のように説明している。
もはや東京は「都心」という求心的な構造の概念にとらわれていてはこれ以上の発展は望めない。そこで都心から東京湾にスパインを伸ばした場合にどういうことが起こるか提案してみたのである。これを「シビック・アクシス」と名付け、具体的な構想を練った。 確かに、共同体と共同体との間、共同体の周辺で行われる交易拠点としての「市」は都市の原型の一つである。人と物の流れが滞留する点が都市とも考えられるわけであり、空港は現代における「都市」とも言える。 つまり、飛行機を利用する人々のニーズが変化し、その行動はもはや空港から母都市に出かけるというより、例えば国際会議のために、世界中から集まってきた人々が空港内の会議室でいきなり会議に出席し、空港内のホテルで食事を済ませ、時差をとるためジョギングやプールで運動したりして緊張をほぐし、そのまま帰国するといったこともできるようになってきた。日本からの会議参加者も空港ターミナルに集まってくるわけで、こうなれば、『空港都市』のイメージに近づいてくる。(菊竹 同上) インターネットで瞬時に情報が世界を駆けめぐる時代となっても、対面コミュニケーションは信頼感の基本であると思う。したがって、政治的、経済的に重要な局面では、今後も人的交流は維持されるであろう。だからそういった機能を空港に付加することは、当然のことではある。しかしながら「空港都市」という概念は、あまりにインフラ重視の視点から語られているように感じる。空港がコンベンションセンター化すれば、当然そこで働く人たちのための住居や商業施設が建設されるだろう。しかし、だからといって、それが「都市」といえるのか。「都市」には経済活動だけではなく、政治的・文化的・宗教的な要素もなければならない。それら日常的事柄によって、人々はかろうじて、概念としての「都市」のリアリティーを掴まえることができる。しかしこういう感覚を、現在の都市論は論じきれていない。 アカデミズムの世界では、現存する都市の分類と保存という歴史-社会学的な立場か、人工的な環境の制御という政治-工学的な立場のどちらかしかないように感じる。しかし「都市」は、人間にとって常に現実的な問題であり、保守的な束縛からも権力的な強制からも自由であるべきだと僕は思う。精神-文化論的な視点を中心に、インフラや環境を統合してゆくこと。これらの方向にこそ、人間生活に即した「都市」のあり方を再構築するヒントがあるように思える。 |
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大前研一が週刊ポスト(2/9号)の連載で、東京で行われている大規模開発は土地バブルを引き起こさないと述べている。その理由は、事務所の賃貸料が社員一人あたり10万円を超えるようなレベルになると、一部の外資系企業以外は持ちこたえられないと言うものである。現在の好況感の下では、値上がり期待で土地を手放す人が少なくなり、ある程度の地価上昇は起こる。だが、それは青天井ではない。まとまった土地を地上げするコストが上昇すれば、当然事務所の賃貸価格も上昇するため、どこかで企業の業績とのバランスが取れるというのである。
確かに理論的にはその通りだと思う。しかしバブルとは、実体経済の予想を大きく超えて、人間の欲望が拡大してゆくことにより起こる。カネ余りの法人・個人は、さらなる儲けのために投資先を探す。東京以外で好景気な地域があるのかは疑問ではあるが、こうした資金が流れてきている現在の京都の中心部は、まさにバブルなのでは無かろうか。京都に愛情を持たない人達が、「京都」というブランドが金になると考えて市街地を買いあさった結果、坪あたり1000万円近くの値が付いている場所もあるそうである。結局日本人は、過去のバブルの経験から何も学んでいない。というよりも、日本人の根底にある土地神話がいかほど強いのかが、今回もまた露わになったのである。 その京都では、2006年に市が新たな景観政策の展開を発表し、喧々囂々の論争が起きている。その内容は多岐に渡っているので、詳細はその資料を読んで欲しい。 その一つに、歴史的都心地区内の、いわゆる「田の字地区」の高さ制限を45mから31mに、職住共存地区の高さ制限を31mから15mに引き下げ、建築物の外壁デザインに対しても、色や形態の制限を設ける事が提案されている。実は、この内容が公表されると同時に、条例施行後に既存不適格になるマンション住民から多くの懸念が寄せられた。
「不適格な建築をすぐに建て替えなければいけないのか?」 京都市は、1991年に京都ホテル(現・京都ホテルオークラ)の建設に際して、市役所の向かいに総合設計制度によって高さ60mを認めた。確かに公開空地によって、歩行者の利便性は多少は高まったかも知れないが、市民が集う場所ができたとはとても言えない。僕自身は、明らかに都市景観行政の失敗だと思うのであるが、この点の検証についてはまた別途考察しよう。だが、その過去から一転して、高さの制限、デザイン規制という方向へ舵を切った市の景観行政の真意はどこにあるのだろう。果たして、確固たる哲学を持って京都の景観のことを考えているのだろうか。 先日、「歩いて暮らせるまちづくり推進会議」主催の、京都市の新たな景観行政に対する意見交換会に列席した。「田の字地区」における論争を中心に様々な意見が出されたのだが、住民からは程度の差こそあれ、市の唐突な景観規制案に否定的なものが多かった。情報が詳細に説明されていないために、住民が疑心暗鬼になっているのかも知れないが、中には自分の利益を守りたいという下心が透けてみる発言もあり、嫌な気分になった。たとえば、こうだ。 「京都の町衆は、お互いご近所のことを気遣い、町のことを気遣い、大文字の送り火の時などは家の灯りを消したものである。」 確かに、素晴らしい心根である。だが、その唇が乾かないうちにこんな事を発言する。「先日市役所でマンションの建て替えについて相談したが、高さを抑えた建て替えでは、現状と同じだけの面積は建てられないと言われた。お上の言うことを聞いて、我々はいつも損な役回りになる。」 確かに京都市の新しい条例が交付されれば、31mを超えるマンションは既存不適格となる。しかし、すぐに建て替えなさいというものではない。マンションの建て替えを住民が決めたときに、新しい基準で建てなさいというものである。たとえ、現時点で高さ制限による土地の資産価値の下落がおこったとしても、建て替えする時に資産価値が低いままとは限らない。逆に僕は、31m以上にあるマンションの居室の価格は上がると思う。今後京都の中心地では、10階以上に住むことができなくなるのであるから、期間が限られているとはいえ京都の眺望を楽しめるという価値はかなり高騰するはずである。(予想は外れるかも知れないが・・・)ともあれ、「他人のことを考える」といいながら「自分の利益のことしか考えていない」自己矛盾に、多くの住民は気づいていない。むしろ、「自分の利益を守りたい」とはっきり言って行政と議論する方が、お互いにとって実りある結果を導くはずだ。そうすることで現実的な合意点を見つけやすいからである。住民も行政も「京都のことを考えている」という点での違いが無ければ、どちらが「京都愛」が深いか、という精神論になってしまう。本当は、「自分の街を守るために、どこまで私権を制限することに合意するか」という問題なのである。行政は、市民の付託を受けて、その事務的手続きをしているに過ぎない。 京都は昔から「反東京(江戸)」の精神が強いところである。その京の町衆の末裔を自認するなら、自らの財産がどうのこうのとケチなことを言わないで、京都の将来のためにもっと厳しい制限を自らに課すくらいの意気込みを見せることはできないのだろうか。町衆の協力で設立された、日本で最初の近代小学校である番組小学校など、京都は新時代を切り開いてきたのである。決して不可能なことではないと思うのだが・・・。 果たして現在の京都が、日本人が抱いている京都らしさを保存しているか、はなはだ疑問である。その点については、じっくりと論じよう。しかしながら、京都に住む人々が、明確な京都の町の将来像を持っていれば、必ずや町はその想いに近づくはずである。意見交換会のゲストとして出席されていた立命館大学のリム・ボン先生は、「このような京都にしてしまったのは、行政じゃなくて京都市民なんですよ。」と言っておられたし、京都府立大学の宗田先生は、「行政は市民に敵対しているわけではなくて、もしも市民の意見が反映させられなければ、選挙によって意思表示ができる。それが民主主義なんだ。」と市民の責任を強調されていた。 こうした正論は、京都市民一人一人に届くだろうか。いや、もし届かなければ、いつまでたっても京都はまちづくりへの哲学を持つことができずに、現在の悲惨な姿を晒し続けることになる。そしてその結果、京都市民は責任を果たしていないと、世界中から批判されることになるのである。 |
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今日(1月9日)大阪で「桜の会・平成通り抜け」事業なるものがスタートした。小泉首相が来賓として参加し、植樹式が毛馬桜之宮公園で行われた。淀川河川敷を中之島まで桜並木で整備するということらしい。大阪府知事、大阪市長、関経連会長などが記念植樹をしていることから、大阪の官財界が後押ししているのだろうが、この事業ってどれくらいの大阪市民が知っているのか?小泉首相は、市民一人一人の参加は民間主導を提唱している小泉改革の発想だと挨拶したらしいが、市民からの募金をもとに推進する事業の割には、一体誰がどの様に市民のコンセンサスを得たのだろう? 現在低迷している大阪の経済を活性化させるために、大阪の魅力を内外にアピールしようと考えることは悪くない。だが、数日前の新聞記事にもなっていたが、堂島川にリアルト橋(に似た橋)をという発想も今回の桜並木と同様の貧困さを感じる。大阪 → 水の都→ ベネチア → リアルト橋 という連想ゲーム程度のアイデアで、勉強会やら審議会やらに予算をつぎ込んでいるのかと思うと情けないやら悲しいやら。どこかにあるような名所を再現したとしても、その土地の歴史に根ざしたものでなければ、魅力は決して長続きしない。ディズニーランドのように資本を投下し続けることができたら話は別だけれども、大阪の自治体や財界にそのような力があるようにも思えない。野球球団ひとつも誘致できない文化レベルの大阪官財界は、むしろ話題を提供していればそろばん勘定が良くなると考えているだけなのじゃないだろうか?
桜の記念植樹に、21世紀を背負う意味で2000生まれの幼稚園児が約30人が参加したらしいが、市民が参加すると謳うなら300人くらいが植樹する大イベントにして欲しかった。その幼稚園児が成人する頃には、日本の人口構造も変化して大変な時代になる。はたして小泉首相は、幼稚園の子供らを見ながら、未来の日本への責任というものを十分自覚していたのだろうか? (でも、荷宮和子が言うように、支配者は「愚民は愚民として差別し」たいのかもしれない。) |