2007年10月21日

改正建築基準法は建築に死をもたらすか


構造計算書偽造事件が、再び建築界を揺るがせている。姉歯事件によって審査が厳しくなった改正建築基準法が6月20日に施行されたのだが、それに滑り込むように今回のマンションの建築確認がなされたということだ。改正建築基準法では、従来の確認期間21日を大幅に超える日数がかかるとの心配から(実際その通りなのだが)、期間短縮のために偽装したというのがこの物件での真実であろう。

なぜ見逃されたのか 繰り返される耐震偽装(iza)

しかしマンション設計の業務においては、改正建築基準法の施行云々とは関係無く、常に時間に追われているのが実情ではあるまいか。マンション・ディベロッパーは土地を購入し、そこに分譲マンションの計画を行うのであるが、ほとんどの場合、彼らは商売の論理からしか事業を考えない。したがって、土地購入が流れたときに無駄金が発生しないように、土地取得前に設計事務所に仕事は発注せず、土地取得後は、できるだけ早く建築して営業経費を切り詰めようとする。それゆえ、設計・工事には厳しい工程が突き付けられる。にもかかわらず、それらを無難にこなしたとしても収入が増えるわけでもない。

だが、こんな高額なマンションが売れているのである。

超バブル「2億ション」好調(iza)

この記事によると、最上階の5階の170平方メートルの物件は3億6800万円。そのうち土地代金が2億円以上を占めるらしい。建物の外観はタイル貼り、内装も舶来のキッチンや大理石を使っているといっても、建築には坪100万円もかかっていないはずである。ということは、この部屋の建築費は高くても6000万円。ディベロッパーはこの一戸で5000万円以上の粗利益をあげているはずだ。

翻って、設計料はどうか。設計料は建築費における料率で決められるから、基準となるのは3億6800万円という販売価格ではなく、6000万円の方である。料率を3〜8%くらいと考えると、高くても480万円がこの一戸分の設計料である。人件費やら、事務所経費が同じようにかかっているにもかかわらず、設計者とディベロッパーの利益に10倍以上もの差があるのは正常なことなのだろうか。旧高松宮邸の隣とはいえ、あまりにも土地価格と建築費の比率が尋常ではないように思える。このような土地本位制の経済が、90年代のバブル崩壊後も連綿と続いており、いまだにそこにしか日本経済の浮揚を託せないのは、政府の政策的失敗ではなかろうか。

だが、それは長期的な問題である。緊急なのは、改正建築基準法により確認申請業務に多大な混乱が生じていることだ。そしてそれは、今後の日本経済にも暗雲をもたらそうとしている。

7・8月の住宅着工、3割減 耐震偽装で審査厳格化(asahi.com)

 改正建築基準法が6月に施行されて以降、新築住宅の着工戸数が7、8月の2カ月間で前年に比べて3割以上のかつてない落ち込みを記録している。耐震強度偽装事件を教訓に、建築確認の審査が大幅に厳格化されたためで、マンション建設の遅れや建設資材の出荷減など、景気への影響を懸念する声も出始めた。
 建築基準法は昨年6月に改正され、今年6月20日に施行された。国土交通省によると、新築住宅の着工戸数は6月が12万1149戸で前年比6%増えたのに対し、7月が8万1714戸で同23.4%減、8月が6万3076戸で同43.3%減。8月の下げ幅は過去最大という。(以下略)

確認を厳格化するのはよいが、大臣認定の建築プログラムも完成していない中途半端な状況で見切り発車したため、申請日数も最大70日もかかる。その70日にしても、必要な書類を作成提出する作業を設計者が行っている期間は含まないのである。したがって、三、四ヶ月もかかっている物件もあると聞く。こんな現状がわかってくれば、当然、誰もがもう少し様子を見ようとするだろう。設計者にしても、以前に比べて膨大な資料作成に時間がかかるため、どれくらいの経費を申請業務として計上すればよいのか慎重にならざるを得ない。

ましてや、先ほど述べたように、設計料は十分でないにもかかわらず、改正基準法による罰則は厳しくなり、設計者への責任は重くなるばかりである。こんな状況で、建築デザインの良し悪しなどあったものではない。さらに、今までは多少の変更は報告だけでよかったのであるが、今後は構造に少しでも関わる変更は、申請を再度出さねばならなくなった。工事途中でのクライアントの要望等での変更が困難になるため、最初から詳細に設計をしておかねばならない。ということは、今までに比べて設計期間が必要ということである。だがそのような事が、資本の論理で動くマンション・ディベロッパーなどのクライアントに通用するのか。建築設計者は非常に困難な状況に置かれてしまった。

ようやく政府も、今回の改正建築基準法が大きな問題を引き起こしていることを認めざるを得なくなったようだ。

改正建築基準法の施行に関する追加措置について(国土交通省 住宅局建築指導課)

 6月20日に施行された改正建築基準法につきましては、確認申請手続の円滑化が図られるよう、各種情報の提供、建築関連の中小企業に対する金融支援措置等を講じてきたところですが、さらなる追加対策を講じました。

   建築確認・建築着工減少の影響を受ける中小企業に対する金融の円滑化の要請

 大工・工務店や建築資材関連業者など建築関連の中小企業への資金繰りなどの経済的影響が懸念されることから、政府系中小金融機関によるセーフティネット貸付及び既往債務の返済条件の緩和等の措置を講じたところです。
 今般、さらなる追加措置として、民間金融機関による金融の円滑化を図るため、建築確認・建築着工減少により資金繰りに影響を受ける健全な中小企業向けの資金の円滑な供給への配慮と、全国銀行協会等の各金融関係団体に対する同趣旨の周知徹底を、金融庁に対し要請しました。

これによると、国土交通省住宅局長名義で金融庁監督局長宛に「建築確認・建築着工減少の影響を受ける中小企業に対する金融の円滑化について」という文書が発令された。(国住生第206号 平成19年10月16日)この中で、国土交通省も「建築確認等の手続が大幅に遅延し、建築着工の激減を招いている」事態をついに認めているのである。だが、その理由を「改正内容について設計者、建築確認審査担当者等の関係者が熟知していないこと、行政実例が蓄積されていないこと等」などと言い、大臣認定プログラムの遅れなどの自分たちの非を一切認めていない。役人根性ここに極まれりである。

誤解のないように言っておくが、僕はここで、設計業務の増加に伴う報酬についてとやかく言いたいわけではない。現在の法の運用では、クライアントと設計者が対話しながら建築を作ることを、著しく制限してしまうことを指摘しておきたいのである。最初からすべてを見通せる人間など存在しない。常に試行錯誤を繰り返しながら進んでゆくのが、僕達の人生なのだ。それを、最初から見通しておけと法は言う。不満があっても我慢せよとも言う。だがそんな状況では、良きデザインなど決して生まれるはずがない。建築物は建っても「建築」は創造できない。

今後日本の「建築」はどのようになるのだろう。デザインがどうの、美がどうのという前に、制度による表現の自由への介入が、一層増大してゆくに違いない。東浩紀が「環境管理型社会」と呼んだ社会の到来を、図らずも実感することになったわけだが、思想としての権力論については、また別の場で論じてみたいと思う。とにかく現在の我々の緊急課題は、制度による「建築の死」がおこらぬよう、戦略を考え実行することである。


投稿者 kitazawa : 2007年10月21日 19:04 | トラックバック
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