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僕たちは「都市」という言葉をよく使うのだが、その概念を一言では説明できない。社会的・経済的・政治的・美学的・・・様々な観点からのアプローチが可能な「都市」を、あたかも十分に理解しているかのように語り合ってしまう。だが「都市」という同じ言葉を使いながら、互いに同一のイメージを抱いていることなど、ほとんどないと言ってもよいのではないだろうか。
とはいうものの、都市問題は人類全体の主要問題である。 菊竹清訓は1928年生れ。丹下健三が綜合プロデューサーとなった大阪万国博覧会では、エキスポタワーの設計を行う。黒川紀章、川添登らとメタボリズムを提唱し、建築や都市に対して理念的な活動を行ってきた建築家である。したがって、彼が 日本の第一印象は空港で決まる。すなわち空港に未来が欲しい。当然、東京は日本の活力を示すものであってほしいので、東京湾の空域をもっと生かした「新国際空港都市」という発想も検討に値しよう。(菊竹 「正論」) と語るとき、丹下健三の「東京計画1960その構造改革の提案」がだぶってくる。その計画について、丹下は下記のように説明している。
もはや東京は「都心」という求心的な構造の概念にとらわれていてはこれ以上の発展は望めない。そこで都心から東京湾にスパインを伸ばした場合にどういうことが起こるか提案してみたのである。これを「シビック・アクシス」と名付け、具体的な構想を練った。 確かに、共同体と共同体との間、共同体の周辺で行われる交易拠点としての「市」は都市の原型の一つである。人と物の流れが滞留する点が都市とも考えられるわけであり、空港は現代における「都市」とも言える。 つまり、飛行機を利用する人々のニーズが変化し、その行動はもはや空港から母都市に出かけるというより、例えば国際会議のために、世界中から集まってきた人々が空港内の会議室でいきなり会議に出席し、空港内のホテルで食事を済ませ、時差をとるためジョギングやプールで運動したりして緊張をほぐし、そのまま帰国するといったこともできるようになってきた。日本からの会議参加者も空港ターミナルに集まってくるわけで、こうなれば、『空港都市』のイメージに近づいてくる。(菊竹 同上) インターネットで瞬時に情報が世界を駆けめぐる時代となっても、対面コミュニケーションは信頼感の基本であると思う。したがって、政治的、経済的に重要な局面では、今後も人的交流は維持されるであろう。だからそういった機能を空港に付加することは、当然のことではある。しかしながら「空港都市」という概念は、あまりにインフラ重視の視点から語られているように感じる。空港がコンベンションセンター化すれば、当然そこで働く人たちのための住居や商業施設が建設されるだろう。しかし、だからといって、それが「都市」といえるのか。「都市」には経済活動だけではなく、政治的・文化的・宗教的な要素もなければならない。それら日常的事柄によって、人々はかろうじて、概念としての「都市」のリアリティーを掴まえることができる。しかしこういう感覚を、現在の都市論は論じきれていない。 アカデミズムの世界では、現存する都市の分類と保存という歴史-社会学的な立場か、人工的な環境の制御という政治-工学的な立場のどちらかしかないように感じる。しかし「都市」は、人間にとって常に現実的な問題であり、保守的な束縛からも権力的な強制からも自由であるべきだと僕は思う。精神-文化論的な視点を中心に、インフラや環境を統合してゆくこと。これらの方向にこそ、人間生活に即した「都市」のあり方を再構築するヒントがあるように思える。 |