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大前研一が週刊ポスト(2/9号)の連載で、東京で行われている大規模開発は土地バブルを引き起こさないと述べている。その理由は、事務所の賃貸料が社員一人あたり10万円を超えるようなレベルになると、一部の外資系企業以外は持ちこたえられないと言うものである。現在の好況感の下では、値上がり期待で土地を手放す人が少なくなり、ある程度の地価上昇は起こる。だが、それは青天井ではない。まとまった土地を地上げするコストが上昇すれば、当然事務所の賃貸価格も上昇するため、どこかで企業の業績とのバランスが取れるというのである。
確かに理論的にはその通りだと思う。しかしバブルとは、実体経済の予想を大きく超えて、人間の欲望が拡大してゆくことにより起こる。カネ余りの法人・個人は、さらなる儲けのために投資先を探す。東京以外で好景気な地域があるのかは疑問ではあるが、こうした資金が流れてきている現在の京都の中心部は、まさにバブルなのでは無かろうか。京都に愛情を持たない人達が、「京都」というブランドが金になると考えて市街地を買いあさった結果、坪あたり1000万円近くの値が付いている場所もあるそうである。結局日本人は、過去のバブルの経験から何も学んでいない。というよりも、日本人の根底にある土地神話がいかほど強いのかが、今回もまた露わになったのである。 その京都では、2006年に市が新たな景観政策の展開を発表し、喧々囂々の論争が起きている。その内容は多岐に渡っているので、詳細はその資料を読んで欲しい。 その一つに、歴史的都心地区内の、いわゆる「田の字地区」の高さ制限を45mから31mに、職住共存地区の高さ制限を31mから15mに引き下げ、建築物の外壁デザインに対しても、色や形態の制限を設ける事が提案されている。実は、この内容が公表されると同時に、条例施行後に既存不適格になるマンション住民から多くの懸念が寄せられた。
「不適格な建築をすぐに建て替えなければいけないのか?」 京都市は、1991年に京都ホテル(現・京都ホテルオークラ)の建設に際して、市役所の向かいに総合設計制度によって高さ60mを認めた。確かに公開空地によって、歩行者の利便性は多少は高まったかも知れないが、市民が集う場所ができたとはとても言えない。僕自身は、明らかに都市景観行政の失敗だと思うのであるが、この点の検証についてはまた別途考察しよう。だが、その過去から一転して、高さの制限、デザイン規制という方向へ舵を切った市の景観行政の真意はどこにあるのだろう。果たして、確固たる哲学を持って京都の景観のことを考えているのだろうか。 先日、「歩いて暮らせるまちづくり推進会議」主催の、京都市の新たな景観行政に対する意見交換会に列席した。「田の字地区」における論争を中心に様々な意見が出されたのだが、住民からは程度の差こそあれ、市の唐突な景観規制案に否定的なものが多かった。情報が詳細に説明されていないために、住民が疑心暗鬼になっているのかも知れないが、中には自分の利益を守りたいという下心が透けてみる発言もあり、嫌な気分になった。たとえば、こうだ。 「京都の町衆は、お互いご近所のことを気遣い、町のことを気遣い、大文字の送り火の時などは家の灯りを消したものである。」 確かに、素晴らしい心根である。だが、その唇が乾かないうちにこんな事を発言する。「先日市役所でマンションの建て替えについて相談したが、高さを抑えた建て替えでは、現状と同じだけの面積は建てられないと言われた。お上の言うことを聞いて、我々はいつも損な役回りになる。」 確かに京都市の新しい条例が交付されれば、31mを超えるマンションは既存不適格となる。しかし、すぐに建て替えなさいというものではない。マンションの建て替えを住民が決めたときに、新しい基準で建てなさいというものである。たとえ、現時点で高さ制限による土地の資産価値の下落がおこったとしても、建て替えする時に資産価値が低いままとは限らない。逆に僕は、31m以上にあるマンションの居室の価格は上がると思う。今後京都の中心地では、10階以上に住むことができなくなるのであるから、期間が限られているとはいえ京都の眺望を楽しめるという価値はかなり高騰するはずである。(予想は外れるかも知れないが・・・)ともあれ、「他人のことを考える」といいながら「自分の利益のことしか考えていない」自己矛盾に、多くの住民は気づいていない。むしろ、「自分の利益を守りたい」とはっきり言って行政と議論する方が、お互いにとって実りある結果を導くはずだ。そうすることで現実的な合意点を見つけやすいからである。住民も行政も「京都のことを考えている」という点での違いが無ければ、どちらが「京都愛」が深いか、という精神論になってしまう。本当は、「自分の街を守るために、どこまで私権を制限することに合意するか」という問題なのである。行政は、市民の付託を受けて、その事務的手続きをしているに過ぎない。 京都は昔から「反東京(江戸)」の精神が強いところである。その京の町衆の末裔を自認するなら、自らの財産がどうのこうのとケチなことを言わないで、京都の将来のためにもっと厳しい制限を自らに課すくらいの意気込みを見せることはできないのだろうか。町衆の協力で設立された、日本で最初の近代小学校である番組小学校など、京都は新時代を切り開いてきたのである。決して不可能なことではないと思うのだが・・・。 果たして現在の京都が、日本人が抱いている京都らしさを保存しているか、はなはだ疑問である。その点については、じっくりと論じよう。しかしながら、京都に住む人々が、明確な京都の町の将来像を持っていれば、必ずや町はその想いに近づくはずである。意見交換会のゲストとして出席されていた立命館大学のリム・ボン先生は、「このような京都にしてしまったのは、行政じゃなくて京都市民なんですよ。」と言っておられたし、京都府立大学の宗田先生は、「行政は市民に敵対しているわけではなくて、もしも市民の意見が反映させられなければ、選挙によって意思表示ができる。それが民主主義なんだ。」と市民の責任を強調されていた。 こうした正論は、京都市民一人一人に届くだろうか。いや、もし届かなければ、いつまでたっても京都はまちづくりへの哲学を持つことができずに、現在の悲惨な姿を晒し続けることになる。そしてその結果、京都市民は責任を果たしていないと、世界中から批判されることになるのである。 |