2005年12月14日

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館


四国旅行紀 ー 8月3日・4日

前日の夕刻に金刀比羅宮奥社まで約一時間かけて登った。途中の御本宮までは石段で上がって行けるのだが、そこから先奥社までは山道だ。最後の最後にある心臓破りの石段を登りきると讃岐平野が眼下に広がる。奥社からさらに先は修験道の道がある。日本人の信仰が自然、それも山岳に向かうのは、山が神の降臨する巨大な依代だからだろう。そこには、我々を活性化させるエネルギーが隠されているのかも知れない。奥社からの帰りに御本宮で参拝していると巨大な土地の陥没を発見。実は、そこは緑黛殿という新参集殿で建築家の鈴木了二が設計した施設なのだが、その時は時間外で閉まっていたため工事中なのかと思ってしまった。後にその施設が「村野藤吾賞」を受賞した施設であったことを知って驚いた。金比羅プロジェクトと名付けられたこの施設を追った書籍も出ているらしいが、彼の深遠なる思想を、聖なる地に立つこの建築から感じられ無かったのは僕の修行が足りないせいか・・・?

早朝、「こんぴら歌舞伎」の行われる「金丸座」を見学する。昭和59年(1984)に中村勘九郎(現中村勘三郎)らが復活させた「こんぴら歌舞伎」だが、現代的設備のないこの小屋での人力を最大限に利用した興行というは、まさにアメノウズメの神話的世界に通じるのではないかと思う。昼間に太陽光を利用して行われる公演を、是非とも観てみたいものだ。写真は舞台下の回り舞台とせりの装置である。人力で舞台を回しながらせり上がりができるということに感動。



琴平を後に丸亀にある「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」に向かう。機会があれば訪れたいと思っていたのだが、ちょうど「ニューヨーク近代美術館[MoMA]巡回建築展 谷口吉生のミュージアム」も開催していた。建物は丸亀駅の前の広いパブリックスペースに面している。美術館も彫刻の置かれた広い前庭をもっているので、丸亀駅前は巨大な空地だ。しかし丸亀駅の乗降客が少ない上、この空地に緑も少ないため殺伐とした雰囲気であることは否めない。同じくらいの空間が大阪駅前にあったら、また違った状況になるのかもしれないな、と感じながら内部に入る。

ひとりの芸術家のためだけに建てられた美術館はやはり余裕がある。現代絵画は作品そのものが表現する意味よりも、作品がある状況そのものが意味を持つ。設計者の谷口吉生氏は、さすがに多くの美術館を建てているのでツボは外さない。一つ一つの作品に必要な空間が与えられているために作品が生きている。さらに僕が気に入ったのは、最上階のカスケードプラザと呼ばれる滝のある庭園に面したカフェである。美術館に入らなくても利用でき、静かに時間が過ごせそうだ。このような場所が近くにあれば、頻繁に通ってしまいそうである。しかしながら本当に残念なことは、ここを訪れる人が非常に少ないことだ。ゆっくりと観るには良いのかもしれないが、平日の昼間とはいえこのような入場者数では市の負担も大きいのではないだろうか?瀬戸大橋経由で関西から日帰りで訪れることも出来るのだから、JRや芸術系大学と提携してイベントを企画してはいかがなものだろう。ちなみにこの建物も村野藤吾賞を受賞している。

丸亀を後にして高松自動車道を徳島へと向かう。徳島ではたいした宿にも泊まらず、翌日淡路島へと渡る。野島断層を保存している北淡震災記念公園を訪れ、阪神・淡路大震災がいかに大きかったかを再確認した。地面が1m!もずれるなんてことが実際に起きたのだから、ビルも家も倒壊するだろう。喉元過ぎれば何とやらで、最近は京阪神でも地震への対応が軽視されているように思えるが、建築を志す者として最低限人の命を守ることは常に念頭においていなければならない。

明石海峡大橋を眺めながら一風呂浴びて、たこフェリーで明石海峡を渡る。夕食はフェリー乗り場に近いイタリアンだ。トラットリア・ピッツェリア CIRO(チーロ)という赤穂のさくら組にいた人が開いた店だ。雑誌で見て予約をしていたのでよかったが、店は満員。レモンと塩だけみたいな(決してそうではありませんが)大ざっぱな料理なのだが、新鮮な素材がとても良く生かされている。車の運転のせいでワインが飲めなかったのがとても残念だ。是非ともまた行きたい店であった。

国内とはいえ久々の旅行だったが、やはり業と言うべきか「建築」を中心に計画を立ててしまう。しかしながら、行ったことのない土地にはそこで営まれる人々の生活があり、それらが生み出すデザインがある。そして、そういった刺激を受けることこそが、我々の人生を豊かにしてくれるのだと感じた三日間であった。


投稿者 kitazawa : 20:27 | コメント (0) | トラックバック