2004年10月23日

OTAKU ヴェネチアヴィエンナーレ建築展


2004年、ヴェネチアビエンナーレ第9回国際建築展の日本館のテーマは"OTAKU"であった。今回のコミッショナーを務めた森川嘉一郎についてよくは知らないが、公式カタログに彼が書いている文章を読んでみてその論があまりに単純な視点で書かれたように感じた。それは、1970年の大阪万博を最後に科学の発展による輝かしい未来像が失われてゆき、その喪失感で精神的打撃を受けた少年達の一部が趣味の世界にのめり込んでいってオタク化した、というものだ。だがその時代に少年時代を過ごしたものとして、そして趣味の世界へ向かったことを自認している僕としては、そんなに未来に期待もしたことはなく、逆に絶望したこともなかったぜと言いたい。だからアニメなどに現実を仮託して内向化していった者がオタクとするには無理があると思うのである。

そもそも「オタク」とは同好の士が互いを呼び合うときの二人称から命名されたのである。実は日本語においては、どの様な二人称を使うのかは非常にデリケートな問題を孕んでいる。「君」「あなた」「おまえ」「自分(この言葉で始めて話しかけられた時、僕はどう反応したら良いのかとても混乱したのだが)」「お宅」。この中で「君」や「あなた」は文語的あるいはモノローグに多用される言葉であり、「おまえ」はその言葉が発せられる人間関係が限定的である。また、本来「お宅」は二人称と言うより、相手の家や家族のことを総称する言葉としてあった。その「お宅」が、個人主義的文脈の中で「オタク」と呼び合う関係を新に作り出したことは、「君」や「あなた」という常識的な二人称が支配する世界を無意識的に拒否し、新しい関係性を表現しようとしたと考えられよう。

このように考えてみると、オタクは科学技術や経済やファッションなどに影響され揺らいでいる常識社会から身を離し、[情報を遊ぶ]というインターネット社会を先取りする形の生活スタイルを築き始めたとも言えるのではないだろうか。それは決して傷をなめ合う者同士の集まりなどではないのである。

だが、やがてオタクは世間に認知されてゆくのだが、それはとりもなおさず一般社会の内部に取り込まれていったことを意味する。簡単に言えば、資本主義社会による経済活動の一部に組み込まれたということだ。森山嘉一郎は現在の秋葉原について、オタクの部屋の意匠が都市化した新たな空間の誕生と言っているが、そんな大袈裟なことではなく、オタクの情報がコミケなどを通じて商業的価値を高めていっただけなのではないか。確かに商業的成功は、文化性を持っていなければ成し得ないことも事実であり、オタク文化が世間に影響を持ち始めたことも否定できない。だが、オタクが築き上げてきた新たな価値としての[情報を遊ぶ]文化は、多くの追随者を生み出すことで、逆にオタクと一般人の境界を曖昧にした。結果、享受者=消費者としてのみオタク文化に入り込むことも容易になったのである。こうした状況を考えれば、ヴェネチアビエンナーレのメジャーなテーマになり得るということが、オタクの創造的な核の部分を蝕んでいくというジレンマを示しているとも考えられるのではなかろうか。


投稿者 kitazawa : 2004年10月23日 02:13 | トラックバック
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