2011年04月30日
復興への道
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前回、原発についてかなり長い文章を書いた。福島原発事故後の世界が、それ
以前とは全く違う問題を抱えることになるだろうということを語った。その後2
週間を経て、事態がどのように推移してきたかといえば、決して好ましい方向に
進展してはいない。
4月12日に事故の国際評価レベルが、チェルノブイリ事故と同等のレベル7 に引き上げられたが、これをどのように評価すればよいのかという点で、メディ アも専門家も非常に混乱しているように思える。原発反対派が「それみたことか、 政府や東電が当初から重大な事故を隠していたのだ」と非難する一方で、穏健派 は「チェルノブイリより爆発の状況や放射能被害の範囲が明らかに小さい」と疑 問を投げかける。そして、僕らは一体誰を信じたらよいのかと迷うばかりだ。 しかし、こうした混乱の一番の被害者は、原発周辺に住んでいた人々だ。一体 いつになったら住んでいた街に帰れるのか?いや、もう帰ることなどできないの ではないのか?未だに原子炉内部の温度が下がらず、注水し続けている現状では、 いつ事故が収束するかなど誰もわからない。未来になんの展望も持てないことが、 大きな不安を招いている。 さらに政府の対応のまずさは、日本経済そのものにもダメージを与えつつある。 海外からの観光客の減少だけでなく、日本からの輸出品に対しても外国の輸入制 限がかかり始めている。こうした事態は、今後の復興に大きな影を落とすだろう。 経済の縮小は、東北の復興の大きな足枷になる。良かれ悪しかれグローバル化さ れた世界経済は、東北の産物を消費しようという内需拡大だけではどうにもなら ないのだ。 阪神大震災は都市の真下で起こった。それゆえ都市のインフラは大きく破壊さ れたが、生産拠点が復活し出すと経済も回り始めた。今なお完全復活したとは言 えないが、都市そのものは息を吹き返したのだ。しかし、今回の東北での津波災 害、原発災害を考えると、人々が元の土地に戻って地域を復活させることが非常 に困難なことに思える。いや、復旧させることが、本当に幸福なことなのかとい う疑問すら感じてしまう。実際、被災者でない僕が言うのも気が引けるのだが、 阪神大震災後の建築に携わった者として、思うところを少し述べてみたいと思う。 20メートル級の津波に対応できる防波堤を全ての漁港に建設するには巨額の 費用をが必要だと思うが、もし予算が付いたとしても、それが完成するまでの間、 津波に流された場所に住むことはできないのではないか。神戸では、区画整理や 道路拡張など、さまざまな都市計画が決定されるまで建築することができなかっ た。危険な地域を避け、町村単位で住居を移動させるということも考えなければ ならない。 先祖代々住み慣れた場所を離れるということは、高齢者にとっては非常に辛い 選択だ。子供たちも、コミュニティーが変化することにストレスを感じることに なるだろう。しかし、国は未来の日本の国民に対しても責任がある。現在生きて いる日本人に負担が生じても、日本の文化・文明を守るということを政府はきち んと国民に説明し、政策を立案しなければならない。 その上で、津波や放射能汚染の被災地を国家が買い取り、安全な土地に住民が 安心して住めるような住宅を建設するくらいの思い切った政策を打ち出す必要が あるのではないだろうか。確かに、自由主義社会では個人の能力が高く評価され るが、現代は情報化により世界各国はより密接に関連づけられている。そう、僕 達はもはや一国だけでは生きていけないのだ。だからこそ世界各国は日本の災害 に注目し、援助を行ってくれるのだ。 現在なお、福島原発からは放射能が流れ出ており、十万人以上の被災者が劣悪 な住環境の避難所で暮らしている。一万人以上の行方不明者を捜して、自衛隊を はじめ警察、消防などの方々が大変な思いをしている。何不自由なく生活できる 僕達が今できることは、その痛みを共有しようとする意志のみである。そこから 何を始めるかは、各人に委ねられている。まだまだ、終着点が見えない闘いは続 くのである。 |
2011年04月03日
福島原発事故後の世界
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3月11日以来、ネット、TV、新聞、雑誌、僕はあらゆるメディアにアクセス
するように努めてきた。なぜなら、今回の東日本大震災(4月1日に名称が閣議
決定された)は今後の日本社会の構造を大きく変えるであろう大災害だからだ。
地震・津波・原発の三重苦に始まり、避難所での二次災害、風評被害を含む農漁
業の崩壊。死者を弔うこともできず、瓦礫の撤去もできない。こんな状態で僕達
は一体何ができるのだろう。個人個人でできることなどたかが知れていという無
力感と、何かしなければという焦燥感。被災地外の多くの日本人はこんな苦しい
気持ちなのではないだろうか。
特に福島原発の事故は、日本だけでなく世界的大問題となっている。現在なお 状況が悪化し続け、放射能の拡散を押さえることができていない。そしてこの事 故でわかったことは、僕達があまりにも原発に対して無知であり、政府や電力会 社の言葉を信じすぎていたのかということだ。この事態を招いたのは地震、津波 という天災なのか、それとも安全策を蔑ろにした人災なのか。現在の放射能汚染 の状況は人間にとって危険なのか、それとも安全なのか。未だに喧々諤々の議論 が続いているが、本質を知ることなく怖がったり批判しても仕方がない。少し落 ち着いて考えることも必要だ。 僕達が今一番怖いと感じているのは放射性物質であるが、それがどんなもので あり、どのように危険であるかについてはっきりわからない。その事が余計恐怖 心を煽るのだ。ということで、まず放射性物質について調べてみた。 放射性物質とは放射線を出す物質のこと。放射線にはα線、β線、γ線など色 々と種類があるが、これらがなぜ危険かというと、人間細胞のDNAを破壊し癌 発症の原因になるからである。また一度に大量の放射線を浴びると細胞や血管が 損傷して死に至る。問題はどれくらいの放射線が危険なのかということだが、自 然状態でも僕達は年間2.4mSv(ミリシーベルト)の放射線を浴びているらしい。 ICRP(国際放射線防護委員会)は原発などで働いている人は年間50mSv、一般 人は1mSvを許容線量と勧告している。一方で、年間100mSv以下の被曝であれ ば健康に影響が及ぶことはないという説もある。100mSv/年の放射線量でも癌 の発生率の増加は0.5%程度とのことだ。日本人の50%近くが癌を発症している ことを考えると、被曝による影響は少ないという理屈である。 しかしながら、こうした数値は疫学的分析によって統計的に出された数字であ ることを知っておかなければいけない。つまり、この数値より少しでも少なけれ ば安全で、少しでも高ければ危険というものではないのだ。被曝量が増加すると 癌になる確率が増え、逆なら減る。ならば被曝しないに越したことはない。しか し、放射線の増加ですぐに避難する必要があるのかというとそこまでの量でもな い。一生のうち何時発病するのかもわからない。ないないづくしで、右往左往し ているのが僕達なのだが、今のところ、原子力や医療の専門機関のアドバイスを 信じるしかない。 だが、放射性物質がまき散らされた原因となった福島原発の事故に対しては、 東電、原子力安全・保安院、政府の発表を真に受けて納得している場合ではない。 地震・津波は自然災害であるが、こうした災害にも絶対安全と断言してきたかれ らが、今回の原因を「想定外の災害」と発言している。だが数年前に既に災害で の電力供給がストップしたときの危険性は指摘されていた。利益追求のために危 険性に目をつぶっていた彼らの発言は、責任逃れに他ならない。 この事故が起こるまで、一体誰が原発の内部構造について知ろうとしただろう。 僕達は国の安全基準を満たしているから安全だと洗脳されていたのである。原子 炉の中でどのような核分裂反応が起こっているか、どのようにそれらがコントロ ールされているか、その危険性は何か。今、みんな始めてこのことを知ったので ある。いや、知らなければならないと感じたのである。 ウラン235(235/92-U)に中性子が当たると、これが二つに分かれて、ヨウ素 (139/53-I)とイットリウム(95/39-Y)と2個の中性子(2n)、キセノン(140/54-Xe) とストロンチウム(94/38-Sr)と2個の中性子(2n)、セシウム(143/55-Cs)とル ビジウム(90/37-Rb)と3個の中性子(3n)、バリウム(141/56-Ba)とクリプトン (92/36-Kr)と3個の中性子(3n)といった色んな物質に分裂する。この結果、中性 子が連鎖的に生まれて反応が連続しておこる。このとき大きなエネルギーが生ま れ、その熱で蒸気を発生させて発電するのが原発である。原子炉以外は案外ロー テクなのだ。 今回の事故は、まずこの蒸気を冷却して原子炉に戻すポンプが地震で止まった。 その後ディーゼル発電機が起動したが、津波により水没して停止。その後バッテ リー(8時間可能)式のポンプが起動したがそれも停止。そのため炉内の水蒸気 圧が上昇し、それを逃がすために弁を開けたのだが、その結果放射性物質が放散 した。 さらに、本来純水の中に浸かっているべきジルコニウム製の燃料棒が露出して 水素が発生し、建屋の大爆発につながった。映像を見ると、コンクリートの梁柱 を残して、壁が吹き飛んでいる。コンクリート内には鉄筋も入っているはずだが、 それらを破壊するほどの力だったのだ。この爆発で原子炉の格納容器や付随設備 が無傷なわけがない。にもかかわらず、東電や保安院の会見では「確認できな い」との答弁が繰り返された。それはそうだろう。被曝や爆発の危険があるのに、 誰が建屋の中に入って確認できるというのか? 危機に際しては最悪の事態を想定し、早急に現状把握のためのモニタリングを 行い、あらゆる手段を講じる。こんなことは、少し考えれば誰だって思いつくで あろうに、東電、保安院、政府はなぜ迅速に行動できなかったのだろうか。おそ らく、誰もが責任を取らないですむような言い訳を考えてるうちに、事態がどん どん悪化していったのではないか。事故後に送り込んだ電源車のコードが足りず 役立たなかったということ一つ取っても、危機管理ができていない証拠だと言え よう。 既に海外では、日本が危険地域であることに加えて、日本政府がこの危機をコ ントロールできないという認識に変わりつつある。日本は世界的に放射能をまき 散らす危険地帯なのだ。今後海外渡航する日本人は、すべて放射能検査を受けな ければ入国できないといったことも起こりうる。 先ほど述べたように、避難区域外の放射線量はたいした数値ではないかも知れ ない。しかし、ほぼ原子炉容器が破損していることは確かだろう。今なお、放射 性物質は水に溶けて海に流れ出し、空気中の粒子に付着して風に乗って飛散して いる。それをくい止めるために、危険な場所で命をかけて作業をしている人達が いる。彼らには本当に頭が下がる。しかし、地震から3週間経って事態は好転し ているのか。会見を見る度に、打つ手打つ手が悉く遅い気がしてならない。 この非常時に、批判をすべきではないという人もいるだろう。だが、大人しく 大本営発表を聞いていたら、この非常事態はさらに悪化していたのではないか。 マスコミの報道だけでなく、Ustreamやニコ生などのソーシャルメディアが会 見の完全生中継を行ったことで、そこに映し出された東電や保安院の能力の無さ を、僕らは自らの目で確認し判断できた。僕達はニュートラルな情報に数多く接 することで、かえって落ち着いて行動することができたのではないか。成熟した 批判精神が、情報と共にあることが証明されたのではないだろうか。 ともあれ、現在、福島原発で行っていることは救急治療である。放射線量の増 加は外部症状に他ならず、根本治療をするには病巣を見つけ出さねばならない。 だが、放射線量が下がらなければ建屋内に入ることもできないだろう。温度を下 げ、核分裂反応を止め、破壊された部分を塞ぐ。言葉では簡単だが、数ヶ月の期 間が必要だろう。その間にも放射性物質は拡散し、少ないながらも僕らの体内に 蓄積してゆく。 福島原発事故後の世界は全てが変わる。僕らは、あたかも花粉情報のように放 射能情報を気にしながら暮らすことになる。まるで、SFマンガの世界が現実と なるかのように。人間はいつ、どんな理由で死ぬかわからない。しかし、人間は 文化的社会を構築して、それらからなるべく目を逸らせて生きてきた。だが、福 島原発事故後の世界では、全ての人間が自らの寿命を確率的に考えざるを得なく なる。つまり、人間の「生死」は二元論ではなくて、1年後に、10年後に、5 0年後にどれくらいの割合で生きているかという変数によって定義される。 あまりにも突拍子もない結論になってしまった。だが、現在なお原発による電 力によって僕達の生活は維持されている。この事故が、原子力政策のために、企 業と政府と官庁と研究者が共犯的に推進した結果の人災であったことは明らかで あろうが、その根を根絶して安全性を高めれば問題はないのだろうか。たった一 度の事故によっても多大の損害が生まれる原発に頼り続けることが、日本にとっ て正しいことなのか。東北地方の復興にも、原発事故は大きな足枷となることは 目に見えている。それでもなお、原発というリスクを日本は抱え続けることがで きるのだろうか。こうした問が、今、日本人ひとりひとりに突き付けられている。 |