2010年07月19日
2010年参議院選挙
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2010年参議院選挙の結果は民主党惨敗であった。そりゃそうだろう。選挙前に消費税値上げを考えてますよなんて、自爆もいいところである。ワールドカップで言えば、オウンゴールといったところか・・・
管総理ももう少し頭のいい人かと思っていたが、小沢一郎を排除して気分がハイになったのか、それとも財務省の官僚のささやき戦術の術中にはまったのか、大衆の気分次第の行動を読めなかったのだろうか? 2010年度末に国の借金が1000兆円弱に達すると言われている財政は大きな政治問題であるのは間違いない。しかし、消費税アップを言う前に国会議員の定数を減らすとか、不要な公益法人をつぶすとか、痛みが目に見える改革を為政者側がしなければ国民は納得しない。そういう戦略的な頭脳が今回の民主党トップには大いにかけていた。 菅直人、鳩山由紀夫、小沢一郎・・・もう、そんな時代ではないだろう。自民党にしたって同じだ。そろそろ若手にバトンタッチを考えるか、政界再編を推し進めるべきだ。その意味では、今回の選挙で小沢氏の打ち出した二人区戦略やタレント議員の擁立の失敗は、大きな変革の呼び水になるかもしれない。 だが、業界団体や労働組合といったものに政党が寄りかかっている限り、選挙のための政治が続くだけである。今必要なのは、政治家個人が独立した意志を持ち、それを国民一人ひとりに伝える努力だ。ひとつひとつの政治課題に是々非々で結論を出したっていいのじゃないか。党派という徒党を組むよりはすっとましかもしれない。 |
2010年06月28日
WC日本代表について考える
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岡田監督は辞めろ! 怒怒怒(`´)怒怒怒
つい2週間前まで、そんな言葉が日本国中に渦巻いていたのに、予選リー グを突破したら世論は180度転換してしまった。今TWITTERで流行ってい るのは#okachan_sorryっていうタグ。勝ち負けの世界はそんなものと嘯く ことも可能が、ひねくれ者の僕としては黙ってられない。 はたして「岡ちゃん」は名監督なのか?それよりも、試合に勝つことだけ が指揮官の仕事なのか? WC前の4つの対外試合ですべて敗戦。本番直前でのジンバブエとの練習 試合で、はじめて本田のワントップFWを試すが得点なし。確かにWC優勝 を狙うようなチームは、決勝戦を視野に入れて徐々にチーム状況を上げてい く。だから本番直前にピークを持ってくるような調整はしない。だが日本は 4年前に一勝もできずに予選リーグを敗退しているのだ。直前になってスタ イルを全く変えるようなリスクを冒すのは、指揮官としてのストラテジー (戦略)能力が欠けていると非難されて然るべきではないのか。 選手の発掘、強化から対戦相手の分析までのマネジメントすべてがストラ テジーである一方で、実際の試合での選手起用やシステムはタクティクス (戦術)と呼ばれる。今回日本が決勝トーナメントへ駒を進められたのは、 苦肉の策の戦術がたまたま当たったからではないの?自分たちが弱いこと を自覚して選手同士が話し合い、チームの結束力を高めたといったことが あったらしいから、選手の危機感が日本の快進撃を生み出していると言え ないこともない。フィールドで結果を出すのは監督ではなく選手たちなのだ から、今回の栄誉の90%以上は彼らにある。しかし、プロ選手なら、自己 分析と向上努力は常日頃から行っていて当然だ。つまり予選リーグを通じ て、日本代表は始めてプロの集団に生まれ変わっただけであり、ここからが 本当の意味で日本サッカーのスタートなのだ。 眠い目をこすって応援したデンマーク戦は素晴らしい戦いであったことは 認めよう。しかしベスト16で浮かれていては、日本選手にとってもファン にとっても決して良いことではない。前回のWC決勝で戦ったイタリア、フ ランスが予選敗退するというように、勝負の結果は予測することができな いから、当然日本にも勝機はある。ただ、勝とうが負けようが伝わるものが 在るからこそ、スポーツが文化的な意義を持つのではないのか?そこを僕は 見逃したくない。 日本代表の真価が問われるのは、次のパラグアイ戦。岡田監督率いる日本 代表が、本当に世界と渡り合える素晴らしいチームなのか、じっくりとテレ ビ観戦したいと思う。歴史を変える試合をして欲しい。 ところで、ブブセラの音だけを消せるテレビってないのかなぁ・・・ |
2010年06月18日
社会の未来はUstreamが変える
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ここのところUstream(http://www.ustream.tv/)に大注目している。
なんじゃそら!最近お前の書くことはパソコンオタク気味だ! と非難が来そうだが、これからの社会構造を揺るがすかもしれないコミュ ニケーション革命について、今の時点できちんと認識しておくことは重要 だと思う。 Ustreamというのは、全世界のLive映像を流しているサイトである。 最近、TBSが革命×テレビという番組を始めたので、UstreamやTwitter という言葉を知った方も多いと思うが、この番組は全然「革命」してない。 Ustreamの良い部分は、一見パブリックでありながら個々人の心とコミ ュニケートするところにあるから、マスメディアの視聴率主義とは相容れ ない。むしろ深夜ラジオのパーソナリティーと投稿者が作りあげる番組に 近い。 では、Ustreamの何が革命なのか? その一つは、誰でもパソコンとウェブカメラがあればインターネット上 で番組が持てるということ。ブログやTwitterといった写真や文字ベース の情報に比べて、動画ははるかに多くのことを伝えられる。そして人々は、 ライブ映像による現場の臨場感を世界中のどこにいても感じることができる。 さらに面白いのは、Twitterとの連動によってそれを見ている人たちの 意見や感想をオンタイムで知ることができるということ。応援する人もい れば悪口を言う人もいる。でもそれって、対面で話しているときにもある こと。物理的に100人の人と同じ場所で話すことなんてできないが、 Ustream上なら1000人でも可能だ。これってすごく民主的なことじゃな いだろうか?古代ギリシアで始まったデモクラティアは、今開花しようと しているのかもしれない。 でも、僕がいくら熱っぽく語ったところで仕方がない。まず、サイトに 行って映像を見てみよう。元カシオペアの向谷実が中西圭三らと曲作りか らレコーディングまで生中継した「向谷倶楽部」。「ダダ漏れ」という言 葉を定着させた「そらの」ちゃんが何でも中継する「決断ポトフ」。 kitchenlivejpではひたすら料理を作っているところを中継している。 二、三日前には、有山じゅんじの浪速温泉ライブをたまたま見つけて、懐 かしさと興奮とで2時間見入ってしまったし・・・。 Ustreamは確実に「見る人ー作る人」の区別を無くしてゆく。だから こそ、面白いものとつまらないものがはっきりしていくだろうが、今まで 埋もれていた才能が世に出るメリットの方が明らかに大きい。ミュージシ ャンやデザイナーやアーティストは、今後こうしたメディアを意識せずに はいられなくなるはずだ。そして僕たち空間デザイナーも、大きなパラダ イムチェンジをせねばならない時期に来ているのだ。 |
2010年05月29日
ビット時代とどうつきあうか?
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「iPad。本日発売」とアップルからメールが来た。銀座のアップルス
トアでは1200人が並んだそうだが、iPadについては前回少し話したので、
今回は僕たちを取り巻くビット社会について考えてみたい。
ビット社会というのは、簡単に言うとインターネットやメールで繋がっ ている社会のことであるが、僕たちは知らず知らずのうちに、身体の在る 空間から仮想空間に大きく生活の場を移している。「そんなことないよ、 衣食住は自分の体が中心じゃないか」と言われる方もおられようが、ユニ クロのHPで特価品を調べたり、食べログでランチの店を探したり、阪急 電車の時刻表でお出かけ時間を決めている人も多いはずだ。それに、携帯 メールは、今やすべての老若男女のコミュニメーションツールとなってい る。公共料金の支払だって、コンビニやクレジットで決済できるのはビッ ト社会のおかげなのである。 しかしながら、ビット社会を賞賛ばかりしていられない事件が起こった。 仮想空間取引のマルチ商法事件である。仮想空間のなかに銀座や中之島と 言った都心の一等地を再現し、その土地が値上がりすると言ってビジネス キットや仮想の土地を売りつけたらしい。被害者には80歳くらいのおば あちゃんもいたが、なぜ仮想空間の意味もわからないような人がお金を出 したのか?少し考えてみれば、無限に創ることができる仮想の土地が、莫 大な価値を生み出すはずがないことに気づくはずなのに。 結局、マルチ商法って言うのは、お金を儲けたいという人間の欲望を肥 大化させることで成り立つ犯罪なのだ。その口実は、綺麗になるでも、仮 想空間が素晴らしいなど、なんでもいい。物事の真実を見つめるよりも儲 かる自分の未来に酔えれば、人はお金を出してしまうのだ。でもこれは他 人事じゃない。ネット広告を見てモノを買いに走る僕たちも、その罠には まっているのじゃないのか? 現在のネット社会では、ブログやらツイッターで情報が爆発的に拡大す る。新聞やテレビなら裏をとることで発言に責任を持つが、ネット上の匿 名の井戸端会議では、有ること無いことを言いたい放題である。だから、 ビット社会の方がこうしたマルチ商法や詐欺事件が拡大しやすい。子供の 時からきちんとしたメディアリテラシーを教育することで、より良いビッ ト社会を創るというのも、インフラ整備をしてきた政府の重要な仕事であ る。文科省、総務省、国交省などが縦割り行政を超えて進まなければ、日 本はビット社会後進国になってしまうだろう。 |
2010年05月24日
いまさらだけど、高校授業料無料化について
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日米中韓の高校生が授業中に何をしてるかというアンケート調査が発表されたが、曾野綾子が週刊ポスト紙上で怒っている。
民主党政権下の日本国家は、眠っているかそれに近い91%もの高校生のために私たちの税金を使うという。この結果を見て腹の立たない国民はいないだろう。親も学校で眠っている息子や娘のために、金を出す必要はない。(「昼寝するお化け」5.7/14号)
「居眠りをする」ー45%、「ボーッとしている」ー46%。僕がとある高校へ講演に行った経験からも、悲しいことではあるが正しい調査結果であると思う。わざわざ話をしに来た者に対して、多くの生徒が机に顔をうつ伏せて居眠りをするのだから、授業中の状況は推して知るべしであろう。しかしながら、私がもっと驚いたことは、そういう学生に対して教師が何ら注意もできないことである。 高校の優劣を偏差値で比較するのはいやなのだが、国公立大学に多数の合格者を出している京都のある公立高校の学生と「居眠り」学生とは目の輝きがあきらかに違う。しかし、このような差が生まれた原因を、「居眠り」学生個人の問題に帰していいはずがない。高校生とはいえ、まだまだ子供だ。実際、彼らをスポイルしているのは大人なのだ。それも、最も身近にいる親と教師だ。 もちろん、大部分の親はきちんと家で教育しているだろうし、親身になって面倒を見ている先生も数多くおられるはずだ。しかし、国の政策とは最も効果的な仕組みをデザインすることなのである。数少ないとはいえ、直接的に学生をスポイルする可能性のある者たちへ、間接的にせよお金を渡すなど愚の骨頂ではないのか。高校が無料化されたら、誰もが喜んで一生懸命勉強するなどと考えること自体が、現場を知らない官僚的発想だ。 今やるべき事は、誰もが平等に高校へ行けるようにすることではなく、誰もが平等に学ぶ機会を与えられることなのだ。この違いがわからない馬鹿な為政者が、選挙目当てに無駄金をばらまく。学ぶ機会とは、学ぼうとする人間にのみ与えられる権利であり、義務教育を終了した若者全員に与えられるものではない。だから、これからの日本を背負う優秀な若者の育成にのみ、こうしたお金を使うべきなのだ。能力に応じた奨学金制度を作ったり、国費で高校留学をさせたり、ノーベル賞学者などの一流学者の授業が受けられるようにしたりとか、5000億円もあればいろんな事ができるはずだ。 昔も今も、日本人は高い倫理観でしつけられてきた。高校生の子供をダシに、乞食のように授業料を恵んでもらってありがたがる人は少ないのではないだろうか。子供手当についても批判があるように、国民はもっと利口だ。小学校から高校まで、子供の学ぶ意識が低下しないプログラムをデザインすることが、今の日本の教育行政には急務なのである。 |
2010年05月14日
iPadは世界を変えるか?
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5月10日からiPadの日本での予約が始まった。行列までできたらしいが、予想以上の予約数で、家電ショップなどでの受付は12日に一時的にストップしているらしい。世界的な品不足が原因のようだが、アップルの不親切な対応は毎度のこと。今の世の中、欠乏感を煽って購買意欲を高めるというのはマーケットの常識かもしれないが、あまり消費者をないがしろにするようだと、過去の多くの会社と同様、マーケットから退場することになる。実際、僕はまだ予約していない。初期ロットには必ず問題があるというアップルの伝統を知っている古くからのユーザーとしては、急がずともよかろうと思っているのだが。
とはいうものの、iPadが魅力的なマシンであることは事実である。アマゾンが発売しているKindleといった電子書籍リーダーと比較する批評をよく目にするが、果たしてそれは正しい見方なのか?僕自身まだ手にしていないので断言はできないが、iPhoneユーザーとして推測するに、良かれ悪しかれiPadは使い手のイマジネーションが要求されるマシンだということである。 確かにアメリカでは、ネット配信される本や映画を楽しんでいるユーザーが多いようだ。しかし日本では、iBooksに対応する書籍も現在は無く、ビデオ配信もしばらくは無いらしい。それに個人的なことをいえば、読みたい本はおそらく配信されないし、ビデオも電車や車の中で観ることもないだろう。iPhoneは携帯電話+メール+音楽というセットが魅力だったので、アプリをそれほど使わない人でも買っただろうが、ソフトバンクに月々の使用料を払ってまで、屋外でのネット通信にiPadを使う人ってどれくらいいるのだろう?一方で、Wi-Fi(無線LAN)タイプにはGPSが付いてないので、カーナビとしても使えない。これでは地図が見れても利用価値は半分だ。このあたり、本当に商売上手というべきか。 このような現状では、iPadで何をしたいのかがはっきりしないと、大きくなって持ち運びにも邪魔なiPhoneみたいになってしまう。にもかかわらず、iPadにわんさか予約が入っているということは驚きである。しかし、なんやかんや言っても、やはり欲しい。20数年来のMacファン、エヴァンジェリストということもあるが、iPadは持ち運びできる汎用性IT端末としては最高のものであると思う。ノートパソコンに近い機能を持ちながら、軽量かつビジネス・遊びに十分利用できる。最近では街中にWi-Fiスポットもたくさんあるから、3Gでなくても十分アウトドアで活躍するだろう。人をクリエイティブにさせるiPadのようなマシンこそが、クラウド時代を先導するのではないだろうか。 |
2010年05月09日
連休映画三昧
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映画三昧というものの、映画館で見たのは「のだめカンタービレ 最終楽章」だけ。でも、入院している間に新作映画がたくさんレンタルになっていたので、まずはDVD鑑賞から社会復帰である。そんな訳で、印象に残った作品の感想など書いておこうと思う。
まずは「トランスポーター3」。毎度のこと、ジェイソン・ステイサム扮するフランクがアウディA8を転がしまくるのだが、今回はいきなり事件に巻き込まれるという筋書き。車から離れると爆発してしまうというシチュエーションが、今までと違うアクションシーン作り出しているのだが、今回ははっきり言ってSFの世界に半分足を踏み入れている。「なんぼなんでも、車を列車の屋根の上走らせるのはないわなぁ。」と突っ込みながらも、水戸黄門のように楽しめるのが、リュック・ベッソンの偉いところである。ちなみにリュック・ベッソンは、僕と同い年である。 お次は、サスペンスものの「天使と悪魔」。こちらもトム・ハンクス主演、ロン・ハワード監督の「ダ・ヴィンチ・コード」の続編。前作は、キリスト教の秘密を解き明かすというミステリーが中心であったが、マグダラのマリアがイエスの子を身ごもって南仏に暮らしていたという言い伝えもあり、妙に真実っぽく感じた。しかしながら、今回の「天使と悪魔」は、ローマ教皇の死去に伴うプレフェリーティ(教皇候補者)の殺害の謎解きがメインで、キリスト教の暗部を抉る視線は後退している。ローマ市内の有名な教会や広場を次々と巡っていくシーンは、ローマ好きにはたまらないが、夜のローマを走り回ってもなぁ・・・。 で、お口直しというわけでもないが、イタリアつながりで「アマルフィ」。こちらは邦画で、織田裕二・天海祐希主演のサスペンス映画。フジテレビ開局50周年を記念してのオールイタリアロケの観光映画として作られたようであるが、なかなか面白かった。日本の外務省とか、イタリアの警察とかは当てにならないと、堂々と描いたのは○だと思う。それと、テロによる殺人をさせなかったのも、非常に日本的結末だが評価できるのではないだろうか。世界では、テロとの戦いと公言してマッチョ路線を走るアメリカが、結局<力vs力>の思考から逃れられないゆえに悲劇を招いている。だからといって、すぐにより良い解決策は思い浮かばないのだが、新たなる手法を模索すべき時期に来ていることも確かだろう。 堅いことを考えるのはこの辺にして、万城目学のベストセラー小説を映画化した「鴨川ホルモー」で頭をリセット。京都大学法学部出身の原作者が描く、京都を舞台に暴れ回る青春群像には非常に共感できる(大学の後輩であるということも含めて)。しかし、ホルモーって何?映画では、陰陽道に基づいた神々への奉仕と説明されていたが、まあフィクションなのだからあまりつっこむ必要はないだろう。若者がオニを率いて戦う一種のスポーツと考えれば、これは紛れもなく青春スポ根映画だ!だけど腑に落ちない点が一つ。京都大・立命大・龍谷大・京産大の4大学が参加するホルモーなのだが、京都大・立命大・龍谷大の三大学は明治時代に大学となっており、ましてや京産大は昭和である。この行事、古来から行われてるにしては歴史が浅そうである。それと、京都の東西南北の地にある大学をピックアップしたために、同志社大のように歴史ある京都の中心大学が蚊帳の外になってしまった。同志社出身の経営者が多い京都でホルモーを広めるには、この点はネックになったかも。 最後のDVD鑑賞は「スタートレック」。小学生の頃、「宇宙大作戦」は必ず見ていた。そのシリーズのカーク船長とスポックが、どのような経緯からU.S.Sエンタープライズ号に乗船することになったのかというエピソードが、この新しい映画である。レナード・ニモイ扮する未来から来たスポックが若きカークを助けるというSF的要素が、単なる青春映画に堕することを防いでいるが、時空の問題はどうなるの?という疑問は残る。だが、スタートレックは長大な年代記だから、そんな細かいことを気にしていたら楽しめない。今なお少年のように宇宙への夢を抱き続けることができるのは、スタートレックのおかげである。トレッカーよ、永遠なれ! 連休最終日には、「のだめカンタービレ 最終楽章(後編)」を家族全員で劇場鑑賞。音楽を縦糸に、恋と才能との葛藤を横糸にして、クラシックの楽しさを十分伝えていると思う。今回は上野樹里の変態ぶりが少し押さえられているような気がするが、それでも天才と○○は紙一重という危うさは十分描かれている。音楽は楽しめればそれでいい。でも、作曲家の歴史や音の作られ方、演奏の解釈といった細部も知れば知るほど、その奥深さにはまってしまうのだ。前編では「1812」序曲が圧巻であったが、今回はピアノコンチェルトが中心になり、<オーケストラvsピアノ>が<千秋vsのだめ>を象徴する。クライマックスが「2台のピアノのためのソナタ」であるというのも、大袈裟に音楽で盛り上げるのではない粋な演出だ。シーンにマッチする選曲も良かったのではないかと思う。ただ、変態の森でのプリごろ太カズオくんやマングースの狂喜乱舞のシーンが無かったのが残念だったなあ。 というわけで、入院の時間を取り返すべく大量に映画を観たけれど、やっぱり疲れた・・・。早く地デジ対応液晶テレビに買い換えないといけないなあ。 |
